新しい歌仙がはじまります。今回は先月、山中温泉においでになった俳人長谷川櫂氏に、発句をいただいております。台風のせいで一か月遅くなってしまいました。
来あはせて菊たけなはの山湯かな 櫂
芭蕉の「山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ」を踏まえた、土地への挨拶句さすがでございます。
東籬のもとに細き虫の音 橋本
付けは、菊と言えば思い浮かぶ「菊を採る東籬のもと悠然として南山を看る」の、陶淵明の「飲酒」の一説を引用して、細々ながらも、こうして鳴き続けております。という気持ちです。
第三句目は
断崖を海に落としてけふの月 平井
発句にしたいような迫力の一句ですが、これは先月にすでに提出済みという話せば長い経緯があるのでそのまま、とらせていただきました。堂々たる句です。この月には凄愴のすごみさえある。
つぎは無季の句を挟みたいと思いましたが、海と断崖という大景のあと、展開がややむずかしいかも。
水門はるか鳥の羽ばたき 笹次
この作者はいつも高度な句をおつくりになる方ですが、こちらは、さらりと受け流した感じ。水鳥の鴨などは夜も飛びますし。さて、無季を一句だけ挟んで次は冬の句をお願いしましょう。
古本に赤線ありぬ憂国忌 元田
手に入れた古書に線が引いてあったりする事はたまにあります。普通はあまり嬉しいものでもないですが、これは、いかにも真摯に、切実に向き合って読書していたことのわかる場所にひかれていた線なのでしょう。おりしも憂国忌。実にいい取り合わせです。
憂国忌の句として秀逸だと感銘いたしました。
どか雪を来し朝刊の束 中江
冬の朝、大雪の中、それでも届けてくれた朝刊の束。山中温泉も雪深い土地ですから自然詠でしょうが、朝刊の束に目を止めたところ、おそらくあの憂国の出来事のあった翌日の新聞はその事件で重かったでしょうから、絶妙の付けとおもいました。
さて、初折の裏へはいります。
梵鐘の余韻を背に旅の宿 正藤
夕べの鐘でしょう。その響きの中に宿についいた。旅心が誘われます。古い町のやや古風な旅館の佇まいが目に浮かびます。旅がはじまりますね。
ハフハフと食ぶたこ焼きの船 佐藤
フフ、熱々のたこ焼きを食べる光景にぱっと転じた気転がかっこいい。容器の船の形に一抹の旅情と哀れさあり。
さて、次回は春の長句。旅は続いているのか、そろそろ恋か。